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過飲酒は幸せの放棄

過飲酒によって自ら幸せを放棄していた。

今、心から感じます。




何気ない幸せを感じられない

現在、義父&義母の家に帰省しているんですが、

何気ない幸せがちらほら・・・

息子が走り回って、こけて泣いているのを見てほほ笑んでいる義母だったり、

一緒に保育園の生活発表会のビデオを見て、ほろほろ感動している義父だったり、

そんなおじいちゃんおばあちゃんを一切気にしていない息子だったり(笑)

こんなとこにも幸せがあったんだな

って気づくんですよね。

酒飲み時代。どうでした?

まず、酒が無いと生きていけないし、そんな些細なことに気づくわけがない。

飲めなくてずっとイライラしているかもしれません。

やっと酒にありつけたら、

全部

「い~~~やん、感動やん」

だけですからね。

飲むことができればどうでもいいんですよね(;^ω^)酷いですね。

個人的にも、たくさんの幸せの種を逸していたのでしょう・・・

なんでわざわざ自分から幸福感を手放すのか・・・

やっていることが滑稽すぎなんですよね・・・

あのころの私は。

わざわざお金払って過飲酒して、正体無くして、

面白くない気持ちにさせて、それがみじめだからまた飲む。

芸能人の使用で話題になる、ドラッグと一体何がちがうのだろう

って心から思います(;^_^A

全部もっていかれてるんですよ?酒に・・・

目の前の幸せに気が付かないんですよ?飲まないと(;^ω^)

その時は感動しているつもりなんでしょうけど、

過飲酒により、結局覚えていないことも多いです。

自分から幸福感を手放していたんだな、って思います。

マジでいいことないですよ。酒・・・

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